フードライター浅野陽子の美食手帖

食の取材歴20年のフードライター(子育て中)がレシピ、レストラン、仕事話などを紹介するブログです。著書『フードライターになろう!』全国書店で発売中。

世にも不思議なホテル in L.A.

前回、LA出張で帰国便が飛ばず、
航空会社から回されたホテルに1泊多く泊って
帰らされた話を書いた。

Enaさんからも質問コメントをいただいた、
このホテルについて詳しく書きたい。
本当に、何度思い出しても恐ろしく不思議な雰囲気のホテルだったのだ。

ロス国際空港からシャトルバスで
10分くらいのとこだったと思う。
普通ホテルというと、車づけがあって、
「パース」みたいな小道があって…、と
「ぼこぼこ」している形だが、
そのホテルはパースもなにもなく、殺風景な純立方体。
「箱」なのだ。そこにバスが横付けされ、降ろされた。
「これ…ホテル?」

とりあえずドアだけはわかったので開けて中に入る。

するとロビーは真っ赤。あやしい赤いライトが回転し、
がらんとした空間に、真っ黒いソファとテーブルだけがある。
「踊りに来る」とこならわかるが、少なくても「泊まる」雰囲気ではない。
ロビーの端っこに、完全に「黒服」な感じのにーちゃんが
一人だけ座っていて、パソコン画面に向かって電話してたので
あ、ここがフロントなんだ、と数分間たって気づいた。

バウチャーを渡すと
「今回は大変だったね、たまにこういうことあるんだよね」と愛想よく
いう。本当に航空会社の提携ホテルだったんだ。
しかし「たまに」にしても、疲れた挙句にこんな異常な雰囲気の宿に
客を回すNW航空が心底理解できない。
「オーウ、トゥーバッドだったよねー、じゃあ、こちらの部屋でどうぞ」と
鍵を渡された。

スーツケースを引きずって、
エレベーターに乗って、「ぎゃっ」と叫びそうになった。
壁一面に、得体のしれないアメリカ人の女の人がこちらを凝視している写真が、
どアップで貼ってあるのだ。
ねえ、これ、何の意味があるの?
怖いから後ろを向いて、写真の顔を見ないようにして自分の階のボタンを押す。

自分の階に到着すると、フロアはホテルというより
「団地」のような雰囲気。殺風景な鉄のドアに、ただ部屋のナンバーが
書いてあるような。これで、部屋が汚かったら、もう狂う…と
思ってたら、まあ、部屋はアメリカにしてはおっそろしく小さかったけど、
普通に現代的だった。

今回はカメラマンさんと一緒で、
とりあえず荷物置いたらすぐに食事に
行こうということだったので
またエレベーターに乗って下に降りる。
乗りたくない…怖いよー。

すると今度は目を見開いてこっちを凝視する、どアップの男の人
の写真だった。もういや、と泣きそうになっていると
上から
「くへへへへ…」とかすかに、しかしはっきり、
男の人の笑い声が聞こえたのだ。ゾーッと寒気がした。

もう知らん。
ハイッ、私は、今の変な雑音は聞きませんでした。空耳、空耳!
と自分の勝手な思い込みだと明るく流す。

そしてホテルの下のガンガン音楽がかかる
クラブのようなカフェで
バウチャーを使って夕食をカメラマンさんと食べる。
この料理だけが、唯一、吉祥寺の人気カフェで
食べるような、日本人にも適量のおいしい料理が多かったので、少し和む。

またエレベータに乗る。また女性バージョン。
また後ろを向いて耐えていると、今度は
「くふふふふ…」と女性が忍び笑いをする声が
静かにはっきり聞こえた。
そうか。これはホテルの仕掛けた「エンタメ」の一つなのだとわかった。
つか、全っ然、楽しめん。
腹が立つわ、さらに疲れがドッと出るわ…しかし、もうどうでもいい。

と、こんなわけでした。
決して汚くもないんだけど、快適かと言われたら否定したくなる。
しかも「団地」さながらの宿泊フロアには、なぜか1か所だけガラス張りの
部屋に大テーブルと椅子、プレゼン用の大画面がついている
企業の「企画会議用の部屋」のような、おしゃれなビジネスルームもあったりして、とにかくひたすら「何を意図しているのかわからない」、
不思議なホテルでした。

ホテルの名前は「カスタマー(お客様)ホテル」。
しかし航空会社都合でもない限り、自ら率先して
あのホテルのカスタマーになりたい人はいるのだろうか。