フードライター浅野陽子の美食手帖

“食べることがもっと楽しくなる”をお届けします(火木土に更新)。 食の取材歴25年のフードライター浅野陽子がレシピから名店レストラン、旅グルメや取材の裏話までつづるブログ。 著書『フードライターになろう!』発売中

【イベント】明治時代の東京都心は牧場だらけだった!ブラタモリ出演の専門家が解説する街歩きツアーに参加しました

食限定の取材歴25年、フードライターの浅野陽子です。

日本人が牛乳を飲み、アイスを食べるようになったのは明治以降。そしてそれは東京から始まったのです。知ってました?

今オフィスや商業ビルが並ぶ都心部は昔、牧場だらけだったそうで驚き!実際にその跡地を歩いてみよう!というユニークなイベントに参加してきました。

ブラタモリ」出演の金谷先生がブラタモリ的にガイド

都市デザインの専門家・金谷匡高(かなや・まさたか)先生がガイド

わたしは食生活ジャーナリストの会に所属してまして。

その定例勉強会「日本の近代酪農は東京都心部から始まった!明治初期に発展した牧場跡を巡る」に先月、参加してきました。

四谷駅前の「コモレ四谷」からスタート。昔は牛がいて搾乳所だったそう

金谷先生の専門は「都市デザイン」。街歩き雑学番組「ブラタモリ」にも出演されたことがあるそうで。

いつも見ている街を「実はこういう場所なんですよ」と解説してくださって面白かった!

コモレ四谷を作る際、たくさんの江戸時代の生活用品が出土

快晴でさわやかな10月半ば、四谷駅前からスタートして麹町、九段、飯田橋まで3時間、都内の牧場だった場所を歩くツアー。

明治初期、武士がいなくなった元・江戸屋敷が牧場や搾乳所に

 

四谷や飯田橋なんて、もろオフィス街。

今はビルだらけの東京都心部が牧場だらけだったなんて想像できないですが、金谷先生の後を歩いていたら、本当にその痕跡が出てくる!

榎本武揚が作った牧場。飯田橋駅のすぐ近くです

幕末に日本で牛乳を飲む人は西洋人やごく少数だったけれど、明治に入って牛乳は健康によい、「西洋に負けない体力を作ろう!国を強くしよう!」と牛乳ブームが起き、一気に酪農が発展。しかも東京で。

東京の搾乳所の数は明治には全国で1位だったそうです(明治38年の記録/2位神奈川、3位静岡、4位北海道)

陸軍や農務省、皇族、外国人(大使館が多い)が住む東京に牧場や搾乳所が増えたそう

しかしなんで広い地方でなく東京なのか?

金谷先生いわく、明治維新で武士がいなくなった武家屋敷で町人が牛舎や牛乳販売所を建てたり、生活に困った旧幕臣が自分で酪農ビジネスを始めたりしたそうで。

ただブームになったとはいえ、当時は高級品の牛乳を日常的に飲めたのは陸軍や政府関係者、外国人、皇族など。

しぼりたての牛乳をすぐ運べる東京にたくさん牧場ができたそうです。

この北辰社ほか、都内の牧場だった跡地です。写真でバーッとご紹介。

阪川牛乳(大日本帝国陸軍初代軍医総の親戚で幕臣が運営)

今は駐日英国大使館跡地になっている公園

その裏手、現在の英国大使館

この敷地の向かいのこちら。今はビルだけど「阪川牛乳」という搾乳所だった

英華舎(山県有朋が出資した搾乳所)

想像できないけれどこの商店街がすっぽり入る一角が「平田牧場」だった

その向かいは東郷元帥記念公園

公園と隣接している千代田区立九段小学校(旧・上六尋常小学校)。関東大震災で消失後、大正時代に建て替えられ、景観重要建造物に指定。たしかにモダンクラシックな外観!

猪俣牧場

市ヶ谷駅目の前が牧場だった

現在は法政大学市ヶ谷キャンパス

北辰社(榎本武揚が出資した搾乳所)

冒頭で紹介した北辰社。その裏手で現在はビルになっている場所は広大な牧場でした

長養軒(明治期の大蔵官僚が出資した搾乳所)

今は飯田橋駅前の工事現場だけど、ここも牧場だったと当時の地図に明記されている

ちなみに痕跡がまったくない場所が、なぜ昔は牧場だったかと言えるのかというと、当時の地図に記録されているそうで。

明治時代の古地図。現在の地形とほぼ相違ない ※一切の転用厳禁

今回の街歩きツアーの金谷先生の地図資料。

明治時代、参謀本部大日本帝国陸軍の軍令機関)が作った地図が現在も閲覧可能。生えている木や牧場の牛の数までかなり細かく記録されているそうです。

その他の面白歴史スポット

今も「東京」の表示が残る公園の表示

そのほかにも街歩きの最中に出合った、いろいろな面白歴史スポットも教えていただきました。

東京都になる前、「東京」だった頃の痕跡が残っていたり。

九段ハウス(大正期の財界人の邸宅で当時はめずらしい洋館)

元は日本の邸宅なのになぜか「フィリピン様式の建物」としてフィリピン政府が登録

実家が大金持ちだったオノ・ヨーコが幼少期に住んでいた家だった

現在もイベント会場として使われている「九段ハウス」、オノ・ヨーコビートルズジョン・レノンの妻)の実家だったフィリピン大使館の建物など。

飯田橋駅の入り口に使われている「土塁(江戸城の外堀の塀)」のレプリカ

わたしは東京で生まれて現在も暮らしていて。今回歩いた場所は、仕事やプライベートで何度も足を運んでいるおなじみのオフィス街。

こんなに知らないことがあったのだ、と驚きでした。リアル「ブラタモリ的ツアー」でしたね。本当に生涯勉強なんですねー。

食生活ジャーナリストの会自体の入会は推薦制ですが、JFJが主催するこうしたイベントは参加費1000円程度でほぼどなたでも参加できます。食について学びたい方は見てみてください。

次の記事ではツアー後に全員で訪れたチーズレストランについてご紹介!

食生活ジャーナリストの会
http://www.

それでは、今日も最高においしい1日を!

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