食限定の取材歴25年、フードライターの浅野陽子です。
今日は一気に読んだ本『美味礼讃』(海老沢泰久著)の話。

料理やグルメをテーマにした小説はいっぱいありますが、バブルから平成初期の空気感をなんとなく知っている美食好きの大人としては、本当に面白くてあっという間に読みました!
一気に読んでしまった『美味礼讃』

この本は、昭和バブル期の日本人の有名な美食家・辻静夫さんがモデルの小説です。辻先生は辻調理師専門学校(通称「辻調」)の創設者。
辻調は日本最大のプロの調理師専門学校で、私が普段、東京で取材をしているほとんどの料理人やシェフの方々がここの卒業生です。辻調のテキストを元にプロ向けのレシピ記事を書く、なんていう専門誌の仕事も昔やったことがあります。
まあそのくらい、料理や食の仕事をしている人なら身近なテーマ。その辻静雄氏の半生を、実話ベースで描いた小説なのです。
調理技術は学校で教わるものじゃない、「弟子修業に耐えて盗む」

まずテーマが読む前から一番興味があるので、かぶりつきです(笑)。
小説としても非常にテンポが軽快で、物語の構成も引き込まれます。
辻先生が20代の若い頃にフランスに渡り、いろんな美食を味わう際の驚きや美食の描写も楽しすぎる……マンガを読むように読んでしまいました。
今はプロの料理人、菓子職人を目指す人はまず調理師専門学校に行って、学んでから社会に出るのが普通ですが、当時は「料理技術は店に弟子入りして、働きながら盗んで体で覚える」のが当たり前。
完全な徒弟制度で、理不尽な弟子修業に数年耐えながら身につけるものでした。「学校で秘密を全部教えるなんて、あり得ない」と猛反対を受けながらもいろいろな出会いも重なり、開校します。
才能やセンスあふれる日本人の料理人が、今は日本料理だけじゃなくフランス料理、イタリアン、中華、お菓子のジャンルから次々世に出て活躍しているのは、辻先生のこの並々ならぬ努力あってのこと。しかもフードライターという私の仕事が成立しているものそのおかげなんだ……としみじみ感謝しました。
グルメ期夜明け前の日本、Googleもミシュランもない時代に

そんな感じで、日本の現在のグルメブームの成り立ちがわかり、私は読みながらいたく感動したわけですが……。
メールもGoogleもなく、ミシュランも日本に来ていない時代。どうか取り寄せた洋書や英語・フランス語の食の本から時代のキーマンを探し出し、手紙を書き(もちろん紙)、ヨーロッパやアメリカに会いに行っちゃう辻先生の食への情熱、バイタリティーにはただただ心を動かされました。
固定相場制で1ドル360円だった1960年代ですよ。借金で作った膨大なお金と時間をかけ、「この旅が本当に意味があるのか、自分でもよくわからないけど行くしかない」と行動する情熱。
その旅で「ピラミッド」という当時のフランスのレストラン界の最高峰の店に行き、オーナーのマダム・ポワンに出会います。
日本で洋食と言えばトンカツやオムライスしかなかった時代。シャトー・ディケム(最高ランクのボルドーワイン)を飲み、本物のフォン(だし)、フォアグラやトリュフの料理、アニョー・ド・レ(乳飲み子羊)のステーキを食べて衝撃を受け、若かりし頃のポール・ポキューズ(現代のフランス料理の神様みたいなシェフ)とつながり、それらを日本で正しく伝えることで現在につながっていくわけです。
辻先生は若い頃からの美食や多飲で体を壊してもう亡くなられ、現在は長男の方が2代目として辻調グループを継いでいらっしゃいますが、日本の現在の食のレベルや世界的評価は、辻先生なくしてはなかったのだと。
そしてこの業界で仕事をしている一人として、私もこの食文化や知識を次世代につないで行くこと、食を言葉で伝える仕事の意味も、あらためて考え直しました。
美食が好きな大人の方は、どなたでもとても面白く読めると思います。おすすめです。
それでは、今日も最高においしい1日を!
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